科研費エレジー2026

さて、本日は言い訳と自己弁護と、自己への憐れみの文章を読んでいただきたい。

月曜日に科研費の審査結果が返ってきました。3月の段階で不採択通知は来ていますが、この時期に、不採択課題に対して“どれぐらいの評価”だったか、が通知されます。

結論からいうと、C評価。最低の評価です。採択されなかった研究課題の中で上位50%に至らなかった、という評価です。

Xでもこのニュースに関して、みなさん発言しています。そういう発言の方々はA評価の方々ばかりです。C評価が一番多いはずなのにみなさん、きっと息を潜めています。A評価の人たちは、審査結果をきちんと受け止めて、来年はここを修正しようと、前向きです。いや、それが正しい姿勢。

ただ、私はそこまで心は広くない!この3年間、理不尽な審査がある、と思っています。そこには構造的な問題と、そして4段階の絶対評価による審査の問題があります。

構造的な問題。それは学際領域ゆえのつらさ。たとえば、私が出している建築計画・都市計画という分野は、隣に都市史という分野があります。私のように古地図や歴史を数理で読むという研究は、どちらに入るのでしょうか?どちらにも入らない、という判断をされやすい。そもそも、私は観光学部にいながら「観光学」の分野では応募をしていません。今回の申請も観光と都市計画のブリッジの研究なので、悩ましい。都市計画の人からは、木川は観光だろ、と思われ、観光の方からはあの人は都市計画だと思われる。このような立ち位置の研究者には、とかく、この世界は生きにくい。

次に、審査の問題です。一昨年の審査ではA評価で落ちました。ただ、不思議な現象がありました。私の平均点は、採択課題の平均点よりも高かった。それにもかかわらず、誰かが1点もしくは2点をつけている。三人の審査員であれば、4・4・1のような極端な配点でなければ生じにくい点数です。悪意として取ることもできますが、ここではそうではない見方をしておきます。

いろいろな映像の運営や審査の運営をしていると、審査員によっては、4と1をつけれずに、ほとんどを3と2にする方がいます。その一方で、4と1しかつけない人もかなりいます。自分の第一印象もしくは好き嫌いではないと信じたいですが、めっちゃ落差をつける方がいるわけです。そうなると、平均点で採択を選ぶ過程ではその人だけの評価が強く影響を与えることになります。

以上の構造と審査の問題はあったにせよ、最近はどこの研究者も科研費に関しては傾向と対策をしっかりと立てていて、業者のコンサルティングを受けながら良い計画書を書いています。AIなどをつかった文章校正も進んでいるので「正解」となる申請書の書き方がすでに世の中にあります。

でも、それに乗りたくない気持ちが強い。私のように業者のコンサルを避けて、昔ながらの向こうにいる研究者との対話を意識したような文面作りは時代遅れなのかもです。

ChatGPTにこの計画書はなぜ落ちたのか、を聞いてみました。あなたの申請書は「思想」が強すぎる、と。衰退する地方を、観光によって維持する都市の形を模索する研究に対して、その意見は正しい。

ただ、それは私には褒め言葉に聞こえました。時代に置いていかれている。でも、そこになにか大切なものがあるように思う。「思想」、社会に対しての想いがある研究をできる研究者でいたい、と思います。

という悲しみと自己弁護の文章でした。

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